気韻頭日記
働きたい人が働けて、働けば生活できる社会を目指す。
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「岩田本へのイチャ門」・・・最後
第四章 結果の平等か機会の平等か2・結果の平等がもたらすもの 「公平な所得分配に関る二つの問題」氏はここで簡単に「市場で決まった不公平な分配を正そうとすると、生産性が低下し、国民所得が減り、成長率も低下する可能性がある」と不確実な“可能性”を提示していますが、続く文章では「成長率が低下すれば、国民は次第に貧しくなり貧しい人同士で所得を再分配する事になってしまう」と“断定”しています。不確実な推定に基づ...
「岩田本へのイチャ門」・・・その二
第三章 新自由主義の台頭2.新自由主義の政治・経済思想 「経済的自由とは」本書前節に於いて、フリードマン的自由とは「他人の同じ自由を妨げない範囲に於いて」と制限範囲を紹介していますが、この「他人の同じ自由」を如何解釈するかが大きな問題なのです。経済には「貨幣」という特殊な要素があるからです、「貨幣」はそれ自体「交換機能」を持ち「価格」を持つのに「使用価値」を全く持たない特殊な存在なのです。現代経...
「岩田本へのイチャ門」・・・その一
リフレ派の雄であるはずの岩田規久男氏の「『小さな政府』を問い直す」を友人から紹介されたのですが、新自由主義への転向かとの疑念を抱かせる内容です。一読して、書かれた時期から見てインフレ到来を予測して新政策への転換なのかと感じましたが、熟読すると疑いが出てきました、そこで重箱の隅を突いて見ます。「岩田本へのイチャ門」・・・その一第一章「大きな政府」へ「ケインズによる新しい経済理論の登場」 P17岩田氏...
貨幣の縛りー3
◆「間接金融はターボ装置」貨幣を考える時忘れてならないのは銀行が果たしている「信用創造」と言う機能です。銀行だけが持つ「決済口座」が「実貨幣」の数十倍もの「仮想貨幣」を生み出します、市場が「好景気が継続する」と期待した時には過剰に、「不況になる」と判断した時には激減します。端的な例がバブルの端境期に私達を襲っていますから判り易いでしょう、バブルの最中には銀行は預金残高の23〜24倍もの貸付残高を誇...
貨幣の縛りー2
◆「原始経済」から「交換の発生」へ人類の歴史上に経済が登場したのは何時でしょうか、原始経済は「自給自足」で有ったのは間違い無いでしょう、そこには生産と消費だけで交換は有りません。社会の最小単位は家族ですから、初期の分業は最初から有ったと思われます。男性は狩りに女性は子供の面倒を見る、程度であったかもしれませんが、何がしかの分業は存在していた訳です。その「分業」は熟練を招きます、すると効率が上がり一...
貨幣の縛りー1
マルクス経済理論であろうと、ケインズ経済理論であろうと、新自由経済理論であろうと、社会主義であろうが、共産主義であろうが、資本主義であろうが、「貨幣経済」である事には違いは無いのですから「貨幣の原理」と言う縛りを逃れる事は出来ません。これをいち早く徹底的に極めたのが「ユダヤ一族」だったのだと思います、そして彼らはその財力に物を言わせこの目に見えない「経済原理」を更に見え難くする為に、数々のトンでも...
NHKはハーメルンの笛吹き男!?
リモコンを押し間違えてついNHKを見てしまった、討論番組「日本のこれから」。途中からだったので前半は見ていないが、大よそ見当は付く政府へのゴマすりに徹していただろうと!。番組の総体がデマ或いは欺瞞ですが、その所為でとても覚えきれず記憶に止まった一点に反論してみます。「税」の問題を取り上げるのに「マクロ経済」の判るコメンテーターをいれていないし、最悪なのはシュミレーションとしての「寸劇」!、これは酷...
日銀判断によせて
2006年も相変わらず年頭から暗い記事しか書けない世相が続いて居ます。とてもお目出度うとは言えませんが、本年も精一杯「小泉・竹中」批判を書く事に成ります。日銀の福井総裁は「踊り場は脱した」との認識の様だがそうでしょうか。竹中他政府関係が「踊り場は脱した」と言わざるを得ないのは、小泉政権の失政を糊塗する為止むを得ない所でしょう、しかし政府側は実態がデフレの侭で有る事は認識している様です。だからこその...
地方経済への毒薬!
一連の小泉ファッショ政策の狙いの中には、現在余り論評されていない「企業」による農業への参入狙いが有リます。郵政も三位一体改革も小さな政府も何れも地方経済の疲弊を狙っている様で、その結果は更なる地方人口の減少から当然、土地価格の急落を招く事は想像に難くないのです。こうして企業参入の最大の障害である「細切れ農地」を訳無く集約できるのです、落ちるだけ落ちた所で農業生産を増やす為として、企業の参入を奨励す...
理論で家が建つか?(その2)
★今の日本経済に当て嵌めると設計図(マクロ理論)は何を目標として描かれるのでしょうか、「問うまでも無く『国民の最大幸福』だ!」と答えが帰って来そうですが、ここは少し考える必要が有ります。所謂、功利主義・効用学説に基づく「大多数の最大幸福」を社会の理想とすると、「多数決の不条理」が発生します。「大多数の最大幸福」を一番簡単に実現する方法が、少数者を犠牲にする事だからです。1700年台に唱えられた功利...













