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貨幣の縛りー2

◆「原始経済」から「交換の発生」へ

人類の歴史上に経済が登場したのは何時でしょうか、原始経済は「自給自足」で有ったのは間違い無いでしょう、そこには生産と消費だけで交換は有りません。社会の最小単位は家族ですから、初期の分業は最初から有ったと思われます。男性は狩りに女性は子供の面倒を見る、程度であったかもしれませんが、何がしかの分業は存在していた訳です。
その「分業」は熟練を招きます、すると効率が上がり一日掛かりで家族分を満たしていた物が、少し余計に生産出来て保存のきく物であれば蓄積したでしょう。保存のきか無い物であれば、余分になった時間を他の用途に振り向ける事が出来、どちらにしても少しは生活に余裕を齎したと思われます。

その家族が集落に住んでいれば他の家族が居ます、貴方が少しだけ余計に生産した物が不足しているお隣の家族が居たとします。そこでは贈与経済も出現したでしょう、ここから現代経済の基本形が出来上がります、即ち、生産・交換・消費の三つが揃った訳です。
贈与経済における交換は物対物の交換では無く、物は贈与され替りに受け取るのは「心」です、これは現代でも同じです。勿論、状況次第で贈り主と受け手が入れ替わる事が多かったでしょう、お返しと言われる行為です。その結果、思い遣りや感謝・尊敬と言った人間特有の情緒が強化され、コミュニティーとしての絆も強化されたと思われます。


◆「市場と貨幣」

集落の近くには他の集落も有ったでしょう、或いは、山を越えた少し環境条件の違った場所に立地する集落が有ったかもしれません。その場合、生産に影響する自然条件も違いが有って、特産品も生まれたかもしれません。すると市場が発生し物々交換が行われます、若しかする原型貨幣も登場してきます、こうなると規模こそ違えど殆ど形だけは、今我々が経験している現代経済と変わらなくなってきます。一致としないのは経済規模だけでなく、この時点では貨幣は物と物の交換を「仲立ち」するだけだからです、「貨幣」それ自体が取引対象とは成っていないのです。
この時点では、貨幣は当に貨幣の三機能と言われる「交換・尺度・保蔵」しか持っていません、だから「生活経済」の活性化・効率化に対して
無条件に有効だったのです。

経済は、「総生産=総消費」で無ければ成らずこのバランスを壊せば誰かが貧乏籤を引かされるのです。「総生産<総消費」であればインフレを招くし、「総生産>総消費」であればデフレを招きます。貨幣は「総生産={貨幣(量×速度)}=総消費」としてこの交換の仲立ちをする利便性を提供するだけであれば良いのですが、保蔵性と言う機能をも併せ持つのでこれを悪用する者が出て来るのです。貨幣の三機能と言われる「交換・尺度・保蔵」の内、この保蔵は更に増殖に繋がります。これは近代に成り新たに悪用され出した、貨幣の発明段階には想定されなかったであろう重大欠陥です。保蔵と増殖は「生産→消費」の仲立ちとは無関係な、生活経済への「寄生機能」と言わざるを得ません。

総生産量が総需要量を越えた時、輸出用を除けば其の後の生産性の向上は新自由主義国では経済の衰退を招くのです。何故なら新たな生産性の向上分は消費分配を伴う事無く、又、「労働時間の短縮」でも無く「生産時間の短縮」詰まり「失業」として、その殆どが余剰利益と言う「不動蓄積」の増加を齎すからです。

今単一商品経済として考えて見ましょう、一家族4人として一人の労働者がその生活を賄い企業利益分をも賄うのに6人分の生産をしているとします、この時生産効率の劇的な効率化が齎されて10人分の生産が可能と成ったとします。現在の日本の政治状況ではこの余剰生産分の内、一人分は競争力強化(自社商品消費量増大)の為に消費者還元に回されるでしょうが残りは労働者に還元されること無く企業利益として内部留保と一部は株主還元に回るでしょう、それは当然の事ながら余剰生産分の消費力増加には繋がらないのです。企業としては生産効率の向上が必ずしも消費量の増大に繋がらなくともその場合は「労働力の削減(失業)」として利益の増大が見込めるのです。
消費者還元として価格低下に回された一人分は消費量の増加要因に成りますが、残りの3人分は消費原資が担保されないのです。生産し交換し得た貨幣は何れかの経路を通して、生活経済市場に還流させなければ再消費の原資を奪う事に成りこれは何れ雇用の減少として返って来る事に成ります。企業の内部留保が、「投資」と言う消費行為に結び付くのではなく「投機」と言う不動蓄積に回っているのは、昨今の投機物品の高騰に現れている通りです。
「投機資金」は元々その所有者にとって「生活上必要が無い」貨幣が充てられます、当然、そこで得られた収益の貨幣も「生活上必要が無い」のです(不動蓄積)。詰まり生活経済市場に還流する事は殆ど無いのです。

基本的に資本主義は分配の偏在を奨励します、詰まり本来の機能として不動蓄積を包含しており、その意味で「ネズミ講(無限連鎖商法)」と同義なのです、これを合法として奨励しているのが「新自由主義」的資本主義経済制度なのです。「貨幣経済」システムへの寄生行為そのものです。
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[T142] “STOP THE KOIZUMI”に残っているブロガーは総括を求めなくて良いのか。揶揄されるままで、。恥ずかしくはないのだろうか。

 下記は、以前「お勧めサイト&ブログ」にもご紹介していた「玄倉川の岸辺」のエント

[T149] 「利潤なき経済社会」における市場と競争 

「近代経済システム」を支えている基礎は、私的所有権・市場原理・競争原理であろう。 所有形態は“資本及び利潤に対する支配力”だと考えているので別の機会にふれることとし、経済(資本)活動の動態的規定性である“市場原理”と“競争原理”が、近代ではどういうもので
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