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ある新自由主義への反論

新自由主義者の中にも結構理論家が居るものです、しかし、やはり「欺瞞」の域は出ない様です。当人が本当に信じているのか単なる我田引水・利益誘導なのかは判りませんが、良く見かける論法について反論してみます。


社会市民連合



投機行為の正当化について

投資家と投機家を区別して、投機は不健全で、市場の不安定要因だと考えている人もいる。だが、もしも市場参加者が、すべてファンダメンタルズの判断だけで投資する「健全な投資家」だけならば、市場はかえって不安定になる。テクニカルな理由から、投資家が売る時に押し目買いを入れ、投資家が買うときに利食い売りする投機家がいるおかげで、市場は安定するのである。


うっかり読むと納得させられそうな立論ですが、基本的な認識を飛ばしています。
「投機」は生産にも消費にも関らない事はお解かりだと思います、さて、元々この資金は何処から来ているのでしょうか。
投機家自身が何らかの生産に関り所得を得たから資金が出来た訳です、その貨幣はそのまま次期生産物の消費原資なのです。
それを投機市場に投入して生産・消費と関りの無い不動蓄積としたのでは失業の発生源と成ってしまいます。こんな事は如何理屈を付けても正当化は出来ません。
元々彼ら新自由主義者は、「市場の原理による資源の最適配分」のために自由放任を強要しています、実物市場に実需しない資金が入れば基本的に最適配分は崩されてしまいます。又、貨幣・証券市場への投入も、対象財の本来価値を歪める働きしかない事は自明でしょう。

この様に一見もっともらしい立論でも、「貨幣とは生産・消費の触媒である」との認識さえしっかりしていればその欺瞞性は明らかに成るのです。


弱者の定義

市場原理の導入に対する一番ありふれた反論は、それが弱者の切り捨てになるというものである。だが、私たちが弱者と呼んでいる人々の多くは、特定の価値基準から見て弱者なのであって、別の基準から見ればそうではない。特定の価値基準に合わない異端を勝手に弱者と決め付け、補助金で自立を妨げることをするべきではない。


これも典型的な恣意的相対化ですね、何を「特定の価値基準」とするかによって全く逆の結論に成ります。現在私たちが弱者と判断する時、特定の基準ではなく普遍的な基準に照らすはずです。
異端である事をもって弱者とは判断しません、その異端である事が故意に自身の選択に拠るものでなく、かつ社会的に弱点となり困窮した場合に弱者とします。

他にも、「経済学的には弱者は存在しない」等とまことしやかに御宣託を下す似非学者も居るようですが、そもそも経済学は特定の個人を対象とはしないから弱者を見ていないだけでしょう。斯様に新自由主義者は考え付く限りの欺瞞をもって、社会的な公序良俗をも捻じ曲げる事で我欲の充足を図ろうとします。安易な欺瞞宣伝に誤魔化されると人生観すら歪められてしまうのです。


例えば、私たちは身体障害者を弱者と考えがちである。しかし身体障害者は自立できないから補助金で援助しなければならないという同情論は、裏返しの差別意識に基づいている。障害者が求めているのは、施し物ではなくて、同じ市民として生きることの誇りである。コンピュータースキルを磨いて、自宅でのSOHOに成功した、足の不自由な障害者もいれば、左脳の一部が欠けているが、その分右脳が発達していて、すばらしい作品を生み出している芸術家もいる。こうした障害者は、補助金を受け取るどころか逆に所得税を払っている。


当然です、そんな大稼ぎをしている人を経済的弱者とは見ていません、経済的に「弱者」とされるのは「結果を見て」であって、身体的弱者がそのまま経済的弱者であるとは判断しません。ただ、結果的には身体的弱者は経済的にも弱者である事が多いのは事実でしょう。
また、健勝者十人と障碍者十人が居たとして、身体的な障碍を持つ人からイチローは出て来ないでしょう、しかしスティーブン・ホーキンスは出てくる可能性が無いとは言い切れません、が、天才はそこらに転がっては居ないのです。「言葉を操る」事で特異な才能を普遍的に扱って社会規範を恣意的に相対化し、我欲の充足効果を高める欺瞞法は発信者自らの品性を貶めるだけです。

しかし、世の中にはこんな見え透いた欺瞞に易々と引っ掛かる人々が少なくないのも不思議と言えば不思議です。カルト宗教が蔓延る所以なのでしょうが、一見して可笑しいと感じた事は「何を何故可笑しいと感じたのか」追求する必要が有ります。

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