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[T81] 新たな経済システムの可能性-協議経済

経済体制は生産財の所有形態(私有か公有か)とその調整原理(市場か計画か)によって、これまで資本主義(私有-市場)と社会主義(公有-計画)に二分されてきました。しかし、現実には、中間的な混合経済体制が広く行われてきました。さて、ソ連の崩壊以後社会主義(公有
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資本主義の自滅機能

<資本主義+貨幣=経済自滅機能>


経済社会は自然と同じで総ての要因が「絡み」合って成立しています。「今日、北京で蝶が羽ばたくと、明日、ニューヨークをハリケーンが襲う」といわれる様に(初期値への依存性が高い)、60億の地球人口のたった一人の経済行動が、全世界に影響する事も、起き得ないとは言えないのです。

(小さい例では、以前、豊川市の通学電車の中での、一女子高生の何気ない噂話から根拠の無い信用不安に繋がり、豊川信金への取りつけ騒ぎが起きた事もあります。)


其の中で対象とする一つの要因に拠る問題を人為的に解決しようとすると、其れ以外の要因との「絡み」が総て変わってしまうのです。其れで想定外の副次的な障害が発生してしまう事が多い、或いは、別側面で新たな問題を発生させて仕舞うのです。
恰も「自然」に一旦人手を入れるとドミノ倒しの如く、回復不能なまでに破壊されてしまう様に。
「従って政府は出来るだけ何もしないで自由放任すべきだ」此れが大掴みな古典派の言い分です。


PCや現在のような分析手法も存在しない18世紀には其の複雑さを人手だけで、分析・統合するのは不可能に近かったと思います。其処で当時の天才、古典派の始祖アダム・スミスに拠る「市場の見えざる神の手」が発想されたのです。

しかし、経済は自然では有りません、人為的に構成された「制度」なのです。何か問題が発生しているなら、其れは人為的に為された事なのです。
現在では解決方法を探る為のツールも統計データ-も18世紀とは比べ様も無く揃っています。
(しかも、自然界は日常的に「異変」(災害等)を受け入れながら成立しています。自然のキャパシティは広く大きいのも事実ですね、問題は「人」なのでしょう。)


解決できない筈は無いのです、政府が解決策を取るのか、取らないのか、どちらを選択するのか、だけなのです。政府がどちらを選択するかは『インセンティブが何れに在るか』によります、此れだけが決定要因なのです。

「国の経済制度の安定と発展」なのか、「全国民生活の安定と発展」なのか、「一部国民の欲望」なのか、です。


アダム・スミス自身は「国」若しくは「全国民」の為に、当時の「一部」である封建経済体制の打破を狙っての立論で有った様です。しかし、近代経済では此れが逆に「一部」に取って真に都合の良い理論に成りました、初期の経済理論であるだけに「目に写る部分」を考察するだけで「複雑な絡み」の方は「神の手」に任せてしまっています。或いは、「セイの法則」の様に、「供給されたものは需要される」等と必然的に起きてくる副次的要因、別側面の要因の内、「一部」からのインセンティブに反するものへの考察を、恣意的に排除してしまう事が出来るのです。
又、古典派理論はミクロ経済の論理其のものと言えるほど酷似していますので、特に経済学を学ばなくとも理解し易いのです、詰まり、自分の財布の経済と同じ考え方なのです。ケインズの出現以降は、古典派もマクロの観点をその論理に押し込んで、一見正統を装っていますが基本的にミクロ理論である事からは逃れられません。


インフレには二通りの発生原因が有ります、「必需に対する生産量不足」と「貨幣価値の下落」(財に対する貨幣の流通量・速度過多)です。
生産量の不足に拠るインフレ環境に有れば、「競争至上」も倫理的法的制限内では良いでしょう。企業にはいやがうえにも生産効率を上げてもらい、労働力不足を補ってもらうべく政策に拠るインセンティブを与えるのも適しているでしょう。生産効率の向上により余った労働力は、他の生産不足部門で雇用されるでしょう。
又、貨幣価値の下落に拠るインフレ環境で有れば、財政均衡を目指す改革も当然です、寧ろ黒字化も狙うべき時も有るでしょう。そうする事で市場での流通貨幣量を削減する。
銀行を締め付けて、信用創造に拠る貨幣供給を制限するのも当然です。


しかし、これら古典派的経済政策が「経済の安定化」に役立つのは、インフレ環境に有る時に限定されるのです。
デフレ環境(遊休生産設備過多・失業過多・貨幣流通速度の低下・流通貨幣量の低下など)では、逆効果しか生まないのは自明でしょう。


無論、ケインズ経済学においても総ての要因を完全に解き明かす事は出来ていませんし、現在ではケインズ自身の認識ともずれが起きている事も事実です。
しかし、少なくとも古典派の様に「恣意的に考察を排除」するのとは根本的に違いが有ります。


竹中・小泉コンビが、小沢・岡田民主党が、古典派理論に基ずく、競争至上主義、市場競争原理主義を恣意的に用いているのは、この「合目的性」から見て「国」や間違っても「国民」のインセンティブを持つとは、考えられない理由なのです。

詰まり、「一部」に好都合な古典派理論に基づく政策は、全国民の生活経済を対象とはしていないし、出来ないからです。

そして、この道は「そして誰も居なくなった」への道でも有るのです、元々「資本主義+貨幣」とは放置すれば必然的に自滅する機能が埋め込まれています、否、資本主義+貨幣制度は「自滅機能」其のもの、と言えるのです。


商品市場資本主義は「余剰生産物」(利益)を前提として成り立ちます、所がこの(利益)は消費が担保されていません、蓄積されるかもしれないのです。
そして実際に過去の日本においては年間GDPの4%前後が「蓄積」に回っています。(年間に新たに為された蓄積から、其の年の引き出し分を差し引いた残高が+4%です)
従って蓄積分だけ次期の生産が減少する、詰まり必然的に縮小均衡(デフレ)に陥るのです。
生産物を其の侭、蓄積するのなら時間と共に腐食、或いは陳腐化する事で消費と同等に成りますから一時的な被害で済みますが、貨幣に交換して蓄積されると此れは半永久的に被害が継続してしまいます。
金融は一時的に経済速度を加速しますが、何れ返済期限が来れば利子付きで回収されますから、「蓄積」の被害を軽減する役には立ちませんし、経済環境の不安定化の原因ともなり、害益相半ばしますのでコントロール次第です。
私は以前、此れを巨大で緩やかな「ネズミ講」、無限連鎖商法に例えた事が有るのですが、なかなか理解されない所の様です。


不動蓄積を解消する方法として、事前的には独占禁止等や課税(蓄積量の制限)等が有り、事後的にはインフレ誘導や新規通貨発行(蓄積価値の削減)等が有ります、そしてこれらは政府・中央銀行に権限が有るのです。


資本主義経済制度自体は(利益)を前提としてしか成り立ちませんから、自ら足を切る事は出来ません、其れを漸進的に解消する役目を政府が負わなければ、経済社会自体が縮小、やがて崩壊せざるを得ないのです。
其れを放置すればカタストロフ・「ダムの決壊」(激変)、暴力による解消しか道が無く成るのです。


高所得者の出現が恣意的な政策に拠る物で無く、仮に単なる結果で有ったとすれば、「消費」の格差は努力の差としても良いでしょう(運も大きいのですが)、しかし「貨幣」に拠る不動蓄積は経済を壊しますから、させないような政策が必要なのです。

無論、蓄積時点では消費目的の蓄積以外は、投資目的なのか、投機目的なのかは本人すら解っていないでしょう。何れかに投入された時点で結果的に判別されるのみ、なのですが、現在起きている原油価格の高騰も、不動蓄積が投機市場から実物市場に雪崩れ込んだ事によります。
一旦投機市場に投入された資金は、持ち主がAからBに変わるだけで、総額は変わりません、生産も消費もし無いのです(経費以外は)。
其のまま投機市場に止まってくれているのなら未だ良いのです、所がこの資金は気紛れに利を求めて実物経済市場に戻ってくるのです、そして「暴騰」等の生活経済に取って、破滅的な悪さをする事が少なくありません。

不動蓄積は此れだけで別稿が必要でしょうから、ここまでにしますが、古典派の狙う一部富裕層への富みの集約化は、必然的に不動蓄積の増加に繋がり、其の発生自体が生活経済を蝕む上、その活動は実物市場や通貨市場に悪影響を与え、彼らの謳う「資源の最適配分」など消し飛ばしてしまうのです。


暫くは(百年単位)余裕があると思っていたのですが、先日の報道を見るとそれ程時間は残されていないと思えるほど、この2・3年での格差拡大は数百倍と加速度的に激しく成っている様です。
其の意味では、確かに竹中・小泉コンビの優秀性は認めざるを得ません。
実に効率良く格差を達成しました、若しかしたら当人達の予想以上かも知れません。
其の分「ダムの決壊」までの時間が短くなったと言う事です。
早急に解消しないと、確立されてしまうと、「一部」の持つインセンティブが暴力以外では覆せない迄、強固に蔓延ってしまうのです。

(05/06/18 一部加筆)

                             by狂愚男


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